カンボジアの子供達に教育支援 トローバイク小学校応援団 

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カンボジアの悪魔・・・貧困の実態


カンボジアの農業は、就業人口の80%が関わる中心的な産業でありながら、生産量はGDP(国内総生産)の30%しかありません。貧困層(全人口の30%)の、90%が農村部で生活しています。1人当たりの国民総所得は年収650$、月換算54$、しかしこれはあくまで平均所得であり、貧困層は、この金額以下と想像できます。沢山の家族を抱えれば毎日の生活費が1人当たり1$以下も充分考えられます。
正に貧困家庭では毎日が戦場であり、1日1回の食事、2回の食事も珍しくないのです。主食のご飯を食べる事が食事とするならば、野菜、魚、肉など副食までは回らず、多くは、ご飯に塩や醤油をかけ、野生の空芯菜や中指ほどの小魚があれば、御の字である家庭も珍しくありません。中学1年の奨学生男子生徒が、「肉は1回も食べた事は、ない」と話したが、「なるほど」と思いました。この様な厳しい食事は児童の髪の色に現れます。
最初、前髪付近が茶髪になっているのを見て日本の子供と同様におしゃれで明るいと思いましたが、これは栄養失調による現象です。この様な厳しい状況では、病気になっても医者にかかる治療費が無く、やむを得ず高利貸しからお金を借り、借金が膨らみ やがて田んぼや土地を売り「小作農民」へと、なっていくのです。村には就職先など無く、小作農は人の農作業の手伝いをして収入を得るわけです。カンボジアは気候的に多毛作が可能であるが,灌漑設備は整備されて無く、水田灌漑率は僅か15%です。干ばつや洪水などの自然災害の影響を受けやすく、小作農民は唯一の仕事を失う事になります。政府は80%を占める農民に豊かさを与えるならば、全国の農地に灌漑設備の農業インフラを整備すべきだと思います。農業技術においても教育レベルからの知識不足が原因し、非効率な面が多々あり、農業発展の基礎にも、子供達に学校で学ばせる教育の重要性が、浮かび上がってくるのです。

貧困家庭の家を拝見すれば、家の中には何も無く、電気が無いためドリンク剤サイズの瓶に灯油を入れ、芯に火をつけ明かりを求めます。カンボジアでも11月は朝晩結構冷えます。驚いた事に就寝時、毛布やタオルケットではなく、ゴザをかけて寝ます。しかし、ゴザも無い貧困家庭もあります。この結果、風邪をひき結核になるケースも多々あり、発病すれば最初だけ薬の提供を受けられますが、それだけでは完治できず、医療費が払えず病気は悪化・・やがて人生を終えるのです。貧困とは本当に悲しいものです。
カンボジア政府の国家運営の予算は自国内の税収で賄っているのではありません。驚く事に大半は外国からの支援で国が運営されています。カンボジアの首都プノンペンは高層ビルが建てられ、トヨタのレクサスだらけです。華々しい発展を遂げるカンボジアの陰で多くの貧しい農民は毎日悪戦苦闘しているのです。貧困層を苦しめる悪魔は観光地のアンコールワットでは無く、地方の農村に存在して、学校で教育を受ける機会をも与えず、子供達から夢や希望を奪い取るのです。


途上国支援の難しさ

12年前ある人が、ボールペンは、鉛筆の様に木製軸が良いと言いました。確かに理屈は、特にカンボジアならその方が環境に優しく良いのです。しかし現在、日本でもカンボジアでも木製軸のボールペンは入手困難です。もし木製軸のボールペンが入手でき、カンボジアだから木製軸、私がプラスチック軸のボールペンを使ったら、彼らも普通のプラスチック軸のボールペンを使いたいのです。この度合いが、途上国支援の場合は、大変難しいと感じます。画用紙もパステルクレヨンも無ければ基本的に絵は描けません。子供達自身に画材購入を強いれば、購入して絵を描ける子と、購入出来ない絵を描けない子が生じます。工作としての折り紙も、色紙は必要なのです。しかし現地には色紙はありません。紙飛行機を作るにも信じられませんが、余分の紙は全く無いのです。以前、私は2年生のクラスで衝撃的な光景を見ました。子供が教室内の清掃に、自分の手をほうきの様に使い、ごみを集めていたのです。教室内を清潔に保とうと子供達に説いても、清掃用具が無ければ限界があります。途上国の人たちも、より豊かな生活を望んでいます。国が豊かに発展するには教育は絶対に必要です。この事は世界中の人々が知っている事柄です。カンボジアも、小学校、中学校は義務教育です。カンボジア政府は、カンボジア国民を中学校まで教育を受けさせる義務、責任があるのです。しかし、カンボジアでは義務教育となっている小学校、中学校に通えない子供が実在します。「一方的な施しは自立を妨げる考え」がある事も、知っています。
カンボジアの教育支援は、子供達に良い教育を与えようとすれば、するほど、悲しいかな!カンボジア政権同様に、当分は外国の応援は不可欠なのです。ポルポト以前は、教師は給料も良く副業などせずに、社会的地位も現在よりも高かったのです。カンボジア人教師も収入の大半は、農作業による収入で農民なのです。まず国の宝である子供達を教育する教師の生活向上を実現させ、職業意識向上を図るべきと考えます。カンボジアの貧困に立ち向かうには、悪魔の力は巨大で世界で一番小さなNGOの応援団の力は無力ですが、トローバイク小学校の子供達の為にベストを尽くし、応援団は小さな教育支援を続けます。


カンボジアの名も無き、素晴らしい素敵な人

「お金がある、無い」「学歴がある、無い」では無く、人格が高潔で素敵な人は素晴らしいです。NHKのラジオ深夜便で聞いた話です。カンボジアの田舎の村に2人の子供を持つ両親が暮らしていました。1人の子供は脳性まひでした。まず父親が蒸発、そして母親も育てる事に疲れ果て子供を捨て、いなくなりました。 あぜ道に取り残された2人の子供は、泣き叫んでいました。子供を見つけた貧しい若夫婦は、2人の子供を育てる事にしました。若夫婦には子供がいません。 ある日 子供が病気にかかり高熱を出しました。若夫婦は自転車に屋根を載せたリャカーを付け、3日間かけて、雨の中をシェムリァツプにあるアンコール小児病院(NGOの病院で無料)に来ました。子供は肺炎でした。即入院して治療して完治する事ができ、退院できました。若夫婦から実子でないことを知ったこの病院で働く日本人看護師赤尾和美さんが、「どうしてよりによって脳性まひの子を?」と、質問した所、若夫婦は、「この子供達のお蔭で、生き甲斐や育てる喜びを自分達は貰える。自分達こそ子供達に感謝している」と、答えました。そこにいた看護師は感動のあまりもらい泣きし、逆にお金を出しあい若夫婦に渡したそうです。人間養子を貰う時、普通は障害のある子は、避けるものです。それが普通です。私は、夜明けの朝4時からのこのラジオの話に感動し、若夫婦に敬服しました。そして、私も、素晴らしきカンボジア人に出会いました。トローバイク村のペッチ・サルーンを育てたおばあちゃんです。ポルポト時代、孤児の女児を自分の娘として育て上げました。やがて娘は成人して結婚?妊娠して7ヵ月の時、相手の男は母子を捨てました。母親同様に、生まれた実の孫で無い男児も、育てあげた、おばあちゃんの優しさと逞しさに感動しました。正に「無償の愛」です。ペッチ・サルーンの家を訪問した時、おばあちゃんは田んぼの仕事で不在でした。村の人に最終日に必ず会いたいので家にいて欲しいと伝言しました。帰る日、教頭がバイクで迎えに行って、おばあちゃんを連れてきて再開できました。
私は、おばあちゃんの素晴らしい人格を称えました。おばあちゃんに土産を持って来た私は「日本のお菓子だから食べて欲しい」と、手渡しました。 おばあちゃんは嬉しそうに「自分のした事など、たいした事では無い。それより孫に奨学金を頂き心より感謝致します。ありがとうございました。これで孫も学ぶ機会に恵まれ勉強が出来ます。」と話されました。日本でもカンボジアでも、素晴らしい良き人との出会いは人生を楽しく豊かに気持ちよくします。「世のために尽くした人、無償の愛を与える人は、とても美しい」と思います。


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